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最初の銃声

ピトケアンは刀を振り回しながら騎乗して前進し、叫んだ「解散しろ反逆者ども。こんちくしょうめ!武器を捨てて解散しろ!」パーカー大尉は言いつけに従うよう部下に告げたが、混乱や、叫び声、それにパーカーの結核特有のかすれ声のために、彼の言うことを聞いていない者もいたし、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする者もいた。しかし誰も武器は置かなかった。パーカーもピトケアンも部下に発砲しないように命令していたが、どこからと特定できない1発の銃弾が発射された。

イギリス正規兵の証言によれば、酒場の垣根の背後かあるいは建物の隅にいた植民地見物人の中から最初の発砲があったと言った。レキシントンの民兵の証言では馬に乗っているイギリス軍士官の一人が発砲したと言った。どちらの証言も一致していることは、直接面と向き合っている部隊からの発砲では無かったということである。レキシントンでは後にソロモン・ブラウンという男が酒場の中から発砲したというまことしやかな伝説ができた。イギリス兵には「威嚇射撃」を行うよう命令が出され、これが両軍の交戦につながったという恐らくは作られた伝説もある。最近の研究でも、偶発的な攻撃であるとか、複数の特に関連性はない「最初の1発」が両軍からあった、というような可能性に焦点が置かれている。実のところ、当時も現在も誰がアメリカ独立戦争の最初の銃弾を放ったかは明らかでない。

この場の目撃者によれば、両軍から何度か間欠的な銃撃が行われた後に、イギリス正規兵は命令されることもなしに一斉射撃を始めた。民兵の中には初めのうち、イギリス兵が火薬だけの空砲で銃弾を放っていないと思っている者もいたが、本気であることが分かると数人の民兵達も応射し始めた。残りの者は命を惜しんで逃げ出した。ピトケアンの馬は2発の銃弾を受けた。イギリス兵は銃剣での攻撃に切り替えた。パーカー大尉は従兄弟のジョナスが突き刺されるのを目撃した。8人のマサチューセッツの男が殺され、10名が負傷したのに対し、イギリス兵は1名が負傷しただけだった。殺された8人はアメリカ独立戦争での最初の犠牲者となった。彼らはジョン・ブラウン、サミュエル・ハドリー、キャレブ・ハーリントン、ジョナソン・ハーリントン、ロバート・マンロー、アイザック・マジー、アシャエル・ポーター、およびジョナス・パーカーであった。ジョナソン・ハーリントンは銃弾で瀕死の重傷を負い、這って自分の家まで戻り、その上がり框で息絶えた。負傷者の一人、プリンス・エスタブルックは町の民兵に仕える黒人奴隷だった。

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広場のピトケアンの部隊は指揮官の命令を聞かなくなっていた。かれらはあちこちに向けて発砲し、民家に入ろうともしていた。マスケット銃の音を聞いてスミス中佐が擲弾兵中隊の所から馬で前に出てきた。スミスは直ぐに鼓手を見つけて酒豪の太鼓を鳴らさせた。擲弾兵がその後直ぐに到着して一旦集合し、歩兵隊は最後の一斉射撃を撃つことを許され、その後隊列を立て直してコンコードに向けて進軍を始めた。

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2009年04月30日 10:42に投稿されたエントリーのページです。

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