2009年06月21日

威圧、圧迫、脅迫、暴力など人を威迫して

威圧、圧迫、脅迫、暴力など人を威迫して困惑させて契約を締結する、刑法や特定商取引に関する法律に違反した行為で契約を取ることをいう。具体例では「客の玄関に居座り居直る」、「怒号をあげ威嚇する」、「ドアを力一杯たたく、蹴り上げる、強引に入ろうとする」、「客の襟首を掴んだり、手で押す」、「ドアに指や足を入れ閉めさせない」、「“何回でも、毎日でも来る”と脅す」などさまざまな例があり閉めようとしたドアが体に当たったといって言いがかりをつけることもあるという。また宅配便や郵便を装ってドアを開けさせ、開けた瞬間に足を突っ込んでドアを閉めさせない手口も報告されている。
置き勧(おきかん)
拡材(景品)を勝手に客の家に入れ契約を取ろうとする行為 。具体例では拡張員が引越しなどをした家に「お引越しおめでとうございます、近所の販売店です~」などと言い、その際に拡材を投げ込むように入れ(洗剤など)強引に契約を取った例がある。近年では拡張団が自腹を切って、客の購読料を負担する事を条件として契約する事も指す。消費者に特定商取引に関する法律のネガティブオプションの知識(置かれた日から14日経過、あるいは引き取りを求めた日から7日が経過した場合、返還義務が消失する)が浸透していない事を逆手に取ったやり口である。
勧(かん)
「新聞勧誘」の略語(「~勧」とつく用語は多い)。
拡材(かくざい)
化学物質過敏症
特定疾患
オーケストラ
バーベキュー
スキンケア
学童保育所
衛生
合気道
ホスピス
試写会
材料科学
システム工学
哺乳類
クリスマス
遺伝子疾患
食品添加物
ボクシング
履歴書
バレーボール
労働組合

客との契約の際に提供するサービス品の事。現在も昔ながらの洗剤が基本となっているが他にもビール券、商品券、お中元・ギフトセットや旅行チケットなども広く使われている。契約を断ってもこの拡材を渡すことがあり、あとから「契約料を払え、できないなら商品を返せ」と迫ることがある。地域によっては各競合紙が「拡材に使うのは○○円相当まで」と内規で取り決めをしている場合もあり、景品表示法により新聞購読の景品は購読料6ヶ月分相当額の8%迄に規制されているが現場レベルではあまり遵守されていない。
現読(げんどく)
現在購読中の客の事。
自転車操業
団の上司から課せられたノルマを達成するために内密で購入した拡材を営業活動に使用している内に、収入と釣り合わなくなって身動きが取れなくなった状態。
てんぷら
「てんぷら~する、した」の語源になった用語。具体的には架空の住所や印鑑などを使って“偽の購読申込書(カード)”などで販売店の店主を騙し、マージン(カード料)を取る事などであるが中には販売店の店主と組み、偽カードをお互いに作り新聞社から出るマージンを山分けし(100~200万円単位)逃亡するなどのケースや拡張団自身が販売店と共謀して契約を捏造するなどのケースもある。新聞社本社で完全にチェックするのは現実として不可能である。
泣き勧(なきかん)
泣き落としなどで同情を誘う事によって、契約をせまること(子供が今度入学するので生活に困っています、今日契約がゼロだとクビになると言われてます等)。
爆カード(ばく-)
置勧によって成約したカードを指す。
箱(はこ)
マンションや大きなアパートの事。
パンク
一日の活動で、カードが1枚も揚げられなかった状態。オケラ・ボウズとも呼ばれる。
バンク
販売地区。
ひっかけ
特商法で禁じられた行為により、詐欺まがいで契約を取ろうとすること。具体例では「クーリングオフを説明せずに契約をせまる」、「「いつでも契約を解除できます」、「空契約なのでお願いします」、「次回はもっとサービスします」などと言う」などという例などがある。「実際には取らなくてもいいからハンコだけ押してください。そうすれば景品(洗剤など)あげます」「ノルマ達成のため代金は自腹で払っておくのでタダにしますから」と言って印鑑を押させる場合もある。それにより契約が成立していることは言うまでもない(上述の「てんぷら」も参照)。
プレミア
契約を多く挙げた際に、カード料に加算して支払われる。
マーキング
拡張団の勧誘に限らないが一度勧誘に訪れた家の玄関のインターホン、表札、周辺などにマーキングと呼ばれる"しるし"が付けてあることがある。これをマーキングといいマジックで記号を書いたものだったり、シールを張った物だったり様々である。これは拡張団やセールスマン同士が玄関先を見ただけで、その家のことが分かるようにするための情報共有に使われる。例えば「Y」と書かれていれば読売新聞購読者、「A」なら朝日新聞など。他にも女性の一人暮らし「L」や複数で住んでいる「S」または「大」など、住人情報の分かる印もある。
無読(むと゜く)
何も購読していない客の事。近年、インターネットによる報道情報の流布など情報源の多様化のために無読の客が増加し新規顧客との契約が次第に困難となっている。

2009年06月03日

物的資源や人的資源を含む

物的資源や人的資源を含む、広義の経済上における生産資源である。労働力、土地、原材料などがそれに当たる。 財、価値、資本などの言葉も使われる。社会的資源、文化資本、人的資本、社会関係資本などの用語もある。
学習指導 宿泊施設 理容 内職 インプラント 雇用 探偵 リフレ バイク アロマ 通信販売 生涯学習 ファッション 英会話 予約 楽器教室 キャンプ場 脂肪吸引 SOHO 豊胸 税理士 レストラン 美容整形 タロット 成人病 スポーツ 教材 自動車 資格 海外 エイジ ホテル 関東 脱毛 起業 脂肪吸引 内職 賃貸 美容整形 介護 成人病 癒し セミナー 産業 パソコン 信越北陸 養毛 探偵 若返り 不動産

各資源をどのように配分し何を生産するかは経済体制によって手段が変わり、国や時代によってその目的は異なっている。 また、天然資源の配分、あるいは天然資源による収益の配分には、その産出国と消費国との間で利害が対立しやすく、一般に、産出国である発展途上国諸国と消費国である先進国との間で資源の所有や採掘権、価格などを巡って対立することも多い。

植民地支配以来の、資源メジャー、すなわち油田や鉱山の採掘権や生産設備等を持ち市場を支配する多国籍企業に対して、1970年代には資源ナショナリズムが高揚し、多くの国で油田や鉱山の国有化が行われた。しかしその後、商品先物市場の設置や新興資源国の増加、代替エネルギーの開発、内部での利害対立などでOPEC、OAPECなどの旧来の資源輸出国機構は価格への影響力を低下させた。

2009年04月30日

最初の銃声

ピトケアンは刀を振り回しながら騎乗して前進し、叫んだ「解散しろ反逆者ども。こんちくしょうめ!武器を捨てて解散しろ!」パーカー大尉は言いつけに従うよう部下に告げたが、混乱や、叫び声、それにパーカーの結核特有のかすれ声のために、彼の言うことを聞いていない者もいたし、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする者もいた。しかし誰も武器は置かなかった。パーカーもピトケアンも部下に発砲しないように命令していたが、どこからと特定できない1発の銃弾が発射された。

イギリス正規兵の証言によれば、酒場の垣根の背後かあるいは建物の隅にいた植民地見物人の中から最初の発砲があったと言った。レキシントンの民兵の証言では馬に乗っているイギリス軍士官の一人が発砲したと言った。どちらの証言も一致していることは、直接面と向き合っている部隊からの発砲では無かったということである。レキシントンでは後にソロモン・ブラウンという男が酒場の中から発砲したというまことしやかな伝説ができた。イギリス兵には「威嚇射撃」を行うよう命令が出され、これが両軍の交戦につながったという恐らくは作られた伝説もある。最近の研究でも、偶発的な攻撃であるとか、複数の特に関連性はない「最初の1発」が両軍からあった、というような可能性に焦点が置かれている。実のところ、当時も現在も誰がアメリカ独立戦争の最初の銃弾を放ったかは明らかでない。

この場の目撃者によれば、両軍から何度か間欠的な銃撃が行われた後に、イギリス正規兵は命令されることもなしに一斉射撃を始めた。民兵の中には初めのうち、イギリス兵が火薬だけの空砲で銃弾を放っていないと思っている者もいたが、本気であることが分かると数人の民兵達も応射し始めた。残りの者は命を惜しんで逃げ出した。ピトケアンの馬は2発の銃弾を受けた。イギリス兵は銃剣での攻撃に切り替えた。パーカー大尉は従兄弟のジョナスが突き刺されるのを目撃した。8人のマサチューセッツの男が殺され、10名が負傷したのに対し、イギリス兵は1名が負傷しただけだった。殺された8人はアメリカ独立戦争での最初の犠牲者となった。彼らはジョン・ブラウン、サミュエル・ハドリー、キャレブ・ハーリントン、ジョナソン・ハーリントン、ロバート・マンロー、アイザック・マジー、アシャエル・ポーター、およびジョナス・パーカーであった。ジョナソン・ハーリントンは銃弾で瀕死の重傷を負い、這って自分の家まで戻り、その上がり框で息絶えた。負傷者の一人、プリンス・エスタブルックは町の民兵に仕える黒人奴隷だった。

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広場のピトケアンの部隊は指揮官の命令を聞かなくなっていた。かれらはあちこちに向けて発砲し、民家に入ろうともしていた。マスケット銃の音を聞いてスミス中佐が擲弾兵中隊の所から馬で前に出てきた。スミスは直ぐに鼓手を見つけて酒豪の太鼓を鳴らさせた。擲弾兵がその後直ぐに到着して一旦集合し、歩兵隊は最後の一斉射撃を撃つことを許され、その後隊列を立て直してコンコードに向けて進軍を始めた。

2009年04月15日

民族主義

民族主義(みんぞくしゅぎ)は自らの民族を政治、経済、文化などの主体と考え、価値観の至上とする思想や運動。マイノリティによる民族主義は、少数民族、先住民族が自らの言語、文化、宗教などの維持存続を求め、民族自決の主張をともなうこともあるが、一方で分離主義など、戦争、紛争の要因ともなる。

国家主義、愛郷主義、地域主義とは相互に関連するが、同一の概念では無い事に注意。

一般に誤認されがちな事だが、本来の民族主義は国家ではなく民族を中心に考える思想である。国家主義と結び付くのは民族主義の理念から民族を政治的に一つにしようとする運動が起こりやすいからで、逆にアメリカやユーゴスラビアのように国家を多民族によって形成する国では、むしろ各民族主義と国家主義は対立する。特定の民族を優遇する多民族国家(フランコ政権下のスペインなど)の場合は、その優遇された民族の民族主義を支持基盤にするが、当然弾圧される側の民族主義とは対立する。愛国心よりはむしろ郷土愛(愛郷主義)との親和性が強いとも言われる。

一方、英語では愛国主義と民族主義はNationalismと表記され単語としての違いはない。世界的にみても、20世紀に民族自決の原則が唱えられてから、この二つの言葉の意味の違いは減少する方向にある。しかし国内に多民族を内包する国は依然として多く、各地で少数派民族の独立運動が激化している。特に冷戦終結以降の欧州では地域主義の推進などで、より小さな民族集団に分かれて争う傾向が深まっている。

排外的な民族主義が嵩じると単一民族による国家の形成・純化・拡大を主張し、対外的に自民族との差異と優越性を主張することがある。大国にあっては近隣諸国の自民族居住地域などの併合、少数民族にあっては分離独立などを主張し、しばしば戦争や紛争が生じる。自民族居住地域が近隣にない場合も、領土を併合する前や後において、被支配民族との近縁性、一体性(日鮮同祖論など)を強調することで正当性を主張する場合もある。これらは国家主義に民族主義を接合する動きと言える。

ナポレオン戦争によるフランスの支配下、こうした概念に触れたヨーロッパの各国民は民族主義を高揚させた。アジアにおいては、日露戦争が同様の役割を果たしており、日本への期待を生んだ。第二次世界大戦後には、多くのアジア・アフリカの国家が民族主義を高揚させて独立を果たした。

日本では水戸学、国学の影響を受けた尊王攘夷運動として現れ、明治維新の原動力となった。明治以降は民族主義は国家主義と結びつき、国家主義に飲み込まれていく。大日本帝国は朝鮮・台湾などを領土に加えて多民族帝国を志向し、日本の国家主義は「八紘一宇」を掲げる大東亜共栄圏建設を目指した太平洋戦争でピークに達する。

敗戦後、その反省から戦前的な(右派的・国家主義的な)民族主義への抵抗感が強まる一方、反米を掲げる左派的な民族主義が高揚する。左派的な立場からの民族主義は、沖縄返還の原動力となったほか、(列強からの自立を目指す)アジア・アフリカの民族主義には情緒的な共感が寄せられ、反戦運動とも結びついた。

現在の民族主義政党 [編集]

欧州 [編集]
ロシア自由民主党 - ロシア人
ドイツ国民民主党 - ドイツ人
バイエルン民族党 - バイエルン人
オーストリア自由党 - ドイツ人
国民戦線 (フランス) - フランス人・ケルト人
デンマーク国民党 - デンマーク人
国民党(スペイン) - スペイン人
アラゴン民族党 - アラゴン人
アストゥリアス民族党 - アストゥリアス人
バスク民族主義者党 - バスク人
カタルーニャ同盟 - カタルーニャ人
アンダルシア人民党 - アンダルシア人
国民同盟(イタリア) - イタリア人
進歩党 (ノルウェー) - ノルウェー人
純粋フィンランド人 - フィンランド人
スウェーデン党 - フィンランドのスウェーデン語話者の政党

北アメリカ [編集]
ブロック・ケベコワ - カナダのフランス語・カトリック政党

アジア [編集]
バアス党 - アラブ人
シヴ・セーナー - インド・アーリア人
ドラーヴィダ進歩党 - インド・ドラヴィダ人
維新政党・新風(日本、ただし国会に議席はなく、政党助成法に基づく政党の扱いをされない)

民族主義の形態 [編集]
左翼ナショナリズム
パン=ゲルマン主義
汎スラブ主義
汎スカンディナヴィア主義
言語ナショナリズム
民族派
韓民族優越主義
韓国起源説

ダーラン サフィ サウンド サイド バング レウイ ルンペン レバノン ブラック シード バレー ソフトダ ロッシュ メロン シャーリ おおばなさ クリーン きゅうせき ケマン カイドウ くしびき ハーフ フェア ビリティ ユーエ モッツ ルヒル ヒューズ ライダー 幸福 リンクス マチン ユッケ スリラー YELLOW テレカ ゲート セッション 風の足跡 オンシ 艶姿 検索ジム バースト テレフ ハック プライ ダバード ワクシニア オーバ モンテ

2009年03月31日

三重ノ海剛司

三重ノ海 剛司(みえのうみ つよし、本名:石山 五郎(いしやま ごろう)、1948年2月4日 - )は大相撲の力士で、第57代横綱。現在は年寄・武蔵川、日本相撲協会理事長。

三重県松阪市出身。松阪市立鎌田中学校卒業。出羽海部屋所属。血液型A型。身長181cm、体重135kg。
メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

1980年11月場所限りで現役を引退した後は年寄・山科を経て武蔵川(14代)を襲名し、出羽海部屋から分家独立して武蔵川部屋を興し、日本相撲協会の役員待遇、監事、理事を経て、2006年2月より事業部長、2008年9月に第10代理事長に就任。

経歴 [編集]
1963年7月場所:初土俵。
1969年3月場所:十両に昇進。
1969年9月場所:新入幕。
1970年7月場所:小結に昇進。2横綱(大鵬・玉の海)を破り、8勝7敗と勝ち越して初の三賞(殊勲賞)を受賞。
1970年9月場所:関脇に昇進。
1975年11月場所:初優勝。場所後、大関に昇進。
1976年5月場所:大関で2場所連続負け越したため(この場所は途中休場)、大関から関脇へ陥落。
1976年7月場所:関脇の地位で10勝をあげ、翌場所大関に復帰する。1969年7月場所に「2場所連続で負け越した場合、関脇へ降格する。しかし降格直後の場所で、10勝以上の勝ち星を挙げれば、大関に復帰出来る」という制度が出来ていたが、その最初の適用例だった。
1979年7月場所後:横綱に昇進。現在まで、大関陥落経験のある力士が横綱に昇進した唯一の例である。昇進2、3場所目に連続優勝を果たすがその後は怪我・病気などで休場が多く、15日皆勤したのは4場所のみであった。
1980年11月場所:3日目に引退。年寄・山科を襲名(同場所後、武蔵川に名跡変更)。
2007年6月16日:北の富士以来史上8人目となる還暦土俵入りを行った。ちなみに太刀持ちは出島、露払いは雅山と、大関まで進んだ部屋の現役力士が務めた。
2008年9月8日、大相撲ロシア人力士大麻問題の処理を巡って辞任した北の湖敏満の後を受け、日本相撲協会第10代理事長に就任した。
主な成績 [編集]
幕内在位:68場所(横綱在位8場所、ほか大関21場所、関脇12場所、小結3場所)
通算成績:695勝525敗1分56休 勝率.570
幕内成績:543勝413敗1分51休 勝率.568
横綱成績:55勝23敗30休 勝率.705
幕内最高優勝:3回(全勝1回)
三賞:殊勲賞5回、敢闘賞1回、技能賞3回
金星:5個(輪島2、北の湖1、琴櫻1、北の富士1)
各段優勝:三段目1回(1967年9月場所)
連勝記録:24(1979年11月場所8日目~1980年3月場所初日)

エピソード [編集]
小学校の頃はベルトを買う金もなく、母の腰巻のひもで代用していたというほどの貧窮家庭に育った。入門後は二番出世で序二段に13場所もとどまるなど、素質的にも期待されていなかった。肝炎や大関陥落など、様々な試練を乗り越えて横綱を射止めるまでの土俵人生はまさに七転び八起きというにふさわしく、幼少時に培ったハングリー精神の賜物といえよう。
1972年前半には長谷川(現秀ノ山)・貴ノ花・輪島・魁傑(現放駒)らとともに大関候補とされるようになった。また、角界の将来を担うと考えられた若手を「三角大福」にあやかって「貴輪三魁」と呼ぶこともあった。しかし、1972年後半から肝臓病が悪化し、1974年頃は幕内中位で低迷した。回復して1975年に大関の座をつかんだものの、新大関の場所で左足首を捻挫し、それがもとで3場所で転落。翌場所で10勝を挙げて復帰したが、しばらくは二ケタ勝利すら挙げられずに苦しい土俵が続いた。そのため、戦後の横綱の中で大関時代の勝率は最も低い(.594。180勝123敗12休)。
それでも症状が改善した1978年ごろから本来の力を出し始め、1979年3月場所から10勝、13勝と挙げて7月場所で14勝の優勝同点(輪島と優勝決定戦)。ワンチャンスで最高位をつかんだ。
昇進にあたって入門時の師匠である先代武蔵川の市川國一(元前頭出羽ノ花)から「一簣功」(いっきのこう)という言葉を贈られた。「九仞の功一簣に虧(か)く」という故語からの引用で、「苦労の末に晩年に横綱になったが、これで安心せずもう一花咲かせてみせよ」という想いがこめられたものだった。三重ノ海はこの言葉に奮起して1979年11月場所と翌1980年1月場所に連続優勝を果たし、特に1月場所は初の全勝優勝だった。彼の三揃えの化粧廻しにはこの「一簣功」の三文字をあしらったものがあり(「一」は露払い、「簣」は横綱、「功」は太刀持ちが着用。文字の筆を執ったのは市川國一本人)、還暦土俵入りでも使用された。
その大師匠である先代武蔵川は、時津風理事長の急死という緊急事態で相撲協会の理事長に就任したが、弟子の三重ノ海も相撲界の連続不祥事によって辞任した北の湖理事長の後任として緊急事態を処理する形で理事長に就任し、奇しくも二代の武蔵川が相撲協会の緊急事態で理事長として采配を揮うという巡り合わせとなった。
前廻しを引いての速攻が得意。ときには張り差しを見せることもあった。非力で身長・体重も平凡だったが、巧みな前捌きで相手に力を出させずに勝つ相撲を身上とした。「相手はまだこれからと思っているうち、いつのまにかに土俵を割ってしまう」ことから「妖気のただよう」土俵ともいわれた。また同じ出羽海部屋の大先輩で、あの大横綱双葉山を69連勝でストップさせたヒーロー、元横綱の「安藝ノ海二世」と言われた事も有る。
1974年9月場所の二子岳戦で引分を記録した。この一番以後、幕内の取組で引分は出ていない。
横綱琴櫻とはすべて大関昇進以前の対戦だったが分が良く、対戦成績は11勝7敗。琴櫻が横綱に昇進するまでは9勝3敗であった。また、この時期は大関戦の勝利が多く「大関キラー」の異名があった。
横綱輪島との対戦成績は16勝27敗。1977年9月場所までは6勝25敗とお客さん扱いだった。だが、大関角番だった11月場所、狂ったような張り手の連発で脳震盪を起こさせて寄り切り、立ち直りのきっかけとなった。以後の輪島戦は10勝2敗(決定戦を除く)と圧倒している。
横綱北の湖との対戦成績は13勝26敗。大関昇進の頃までは北の湖にとって苦手の一人とされ、対戦成績も互角であったが、1976年11月場所から15連敗と歯が立たなくなった。その間1978年1月場所、北の湖に対し奇策猫騙しを敢行したが失敗に終わった。だが、1979年5月場所には32連勝中の北の湖に立合い変化しての上手出し投げで16場所ぶりの勝利を挙げ、北の湖にとっては連勝ストップの痛い黒星となった。
横綱土俵入りは雲竜型を選択。土俵入りの指導は、当時の部屋の師匠だった出羽海親方(元横綱・佐田の山)が行った。出羽海一門出身の横綱は総て雲竜型であり、かつ雲竜型は横綱として長く大いに活躍出来ると言われているが、三重ノ海の場合は横綱昇進が既に31歳と高齢だった事もあって、横綱在位場所数はわずか8場所(横綱在位場所数最短記録2位タイ)と短命に終わった。 ちなみに三重ノ海昇進から引退まで4横綱(北の湖・輪島・若乃花・三重ノ海)だったが、4人とも雲竜型だった。
引退当時の出羽海一門にはまだ分家を許さない不文律があったが、三重ノ海については独立を許され、一門内で部屋を立ち上げることができた。出羽海部屋への思いは非常に強かったようで、新築された武蔵川部屋は間取りから内装まで出羽海部屋とそっくりであったという。指導者としては横綱武蔵丸(現振分)のほか武双山(現藤島)・出島・雅山の三大関を送り出した。外国出身力士に元学生横綱と、たたき上げの日本人力士でなかった点でいま一つ評価が低いが(他に三役力士として、共に小結の垣添=学生相撲出身・現役=、和歌乃山=「花の六三組」のたたき上げ・現山分=も育成)、一時期は角界最多数の関取を擁し一時代を築いた。また角界には珍しく、新弟子を新聞広告で募集したことがあり、話題をまいた。
突然の理事長就任の際には、相撲界の綱紀粛正を徹底させる旨の発言を行ったが、これには前歴がある。武蔵丸が入門した際には、事前に半年間相撲界でやっていけるのかどうかを見極めるテストを行った。これは武蔵丸の前に入門した外国人力士の武蔵坊が高い素質を見せながら相撲界に馴染めず逃走したことへの反省という意味もあった。
長男の石山俊明は本名を四股名として三段目まで昇進した元力士であり、引退後は俳優として「GTO」や「暴れん坊将軍」に出演したことがある(2008年9月14日放送のTBS「アッコにおまかせ!」での情報)。

改名歴 [編集]
石山 五郎(いしやま ごろう)1963年7月場所-1966年5月場所
三重ノ海 五郎(みえのうみ -)1966年7月場所-1976年7月場所
三重ノ海 剛司(- つよし)1976年9月場所-1980年11月場所

年寄変遷 [編集]
山科 剛史(やましな つよし)1980年11月
武蔵川 晃偉(むさしがわ あきひで)1980年11月-

2009年03月17日

京都御所

京都御所(きょうとごしょ)は、京都府京都市上京区にある皇居。鎌倉時代中期から明治時代初期まで天皇が住んでいた宮殿。
明治維新の東京行幸により、天皇が東京の皇居(旧江戸城)に移ったため、明治10年(1877年)保存された。明治以降は京都皇宮(きょうとこうぐう)とも称される。

元々平安京での正式な皇居は平安京の中央部付近に位置する内裏であったが、戦乱などによって荒廃したために里内裏に移った。土御門東洞院内裏は、この里内裏の一つで、後に北朝と呼ばれる事になる持明院統の天皇家が歴代居住した御所であった。ちなみに南朝と呼ばれる事になる大覚寺統の天皇家の御所は二条富小路内裏であった。現代の京都御所は土御門東洞院内裏そのものではなく、土御門東洞院内裏を基に拡充され14世紀に現在地に定まったものである。広さは約20.2ヘクタール。[1]

普段は宮内庁へ参観申請をすることで御所内を参観出来るほか、春と秋には一般公開される。

概要 [編集]
京都御所は、明治2年(1869年)の東京行幸まで歴代天皇の居所・執務所であった。現在(21世紀)の京都御所は国有財産で、宮内庁が管轄する「皇室用財産」に分類されている。隣接して京都大宮御所、仙洞御所があり、また北隣の今出川通を挟んで同志社大学と同志社女子大学(両校とも今出川キャンパス)が位置する。

現在は京都御所、京都大宮御所と仙洞御所を宮内庁が管理し、その周囲の国民公園である京都御苑を環境省が管理している。京都市民は京都御苑も含めて、単に「御所」(ごしょ)と呼ぶ事が多い。なお海外の宮殿などと異なり、御所を覆う塀はあまり高くはないが、これは東洋と西洋での支配者(天皇や皇族など)に対する庶民の親近感の違いが現れているという考察がある。例えば、フランス革命の際、支配者(王)の居城であったベルサイユ宮殿に庶民が侵入するという出来事があったような事例が、日本では発生していないのがこうした考察の根拠の一つである。

平安京建都当初の内裏は現在の京都御所よりかなり西方にあり、JR西日本二条駅の近くの千本丸太町交差点北東の位置にあった。
レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン

現存の京都御所はもとは里内裏の一つで、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)と言い、元弘元年(1331年)、北朝の光厳天皇が最初に使用したものである。当初は、一町四方の敷地であった。ここにあった内裏は江戸時代だけで8回再建されており(うち6回は火災焼失による再建)、現存する建物は江戸末期の安政2年(1855年)、平安様式にならって再建されたもので安政内裏と呼ばれるものである。

明治10年(1877年)、東京の皇居に移っていた明治天皇が京都を訪れた際、東幸後10年も経ずして施設及び周辺の環境の荒廃が進んでいた京都御所の様子を嘆き、『京都御所を保存し旧観を維持すべし』と宮内省(当時)に命じた。

主な建物としては、紫宸殿(ししんでん)、清涼殿、小御所(こごしょ)、御学問所、常御殿(つねごてん)、迎春(こうしゅん)、御涼所(おすずみしょ)、皇后御殿などがある。

即位の礼は代々京都御所の紫宸殿で行なわれ、明治維新の際に天皇が東京へ移ってからも、明治22年(1889年)制定の旧皇室典範により、即位の礼と大嘗祭は京都で行なうと定められ、大正天皇と昭和天皇も京都御所で即位の儀式を行った。

また、第二次世界大戦後制定された現在の皇室典範では京都で行うというような場所の規定がなくなり、平成2年(1990年)の今上天皇(明仁親王)の即位にあたり、即位の礼が史上初めて東京に於いて執り行われた。

即位の際に天皇が着座し、その即位が象徴的に示される天皇の正式な御座所である高御座並びに皇后の正式な御座所である御帳台は京都御所の紫宸殿に常設されているため、今上天皇の即位の礼「正殿の儀」(「紫宸殿の儀」に相当)に際しては、高御座と御帳台を解体した上で皇居宮殿のある東京まで運ばれた。

建物 [編集]

建礼門 [編集]
御所正面入口の正門。素木、切妻造、桧皮葺(ひわだぶき)、柱間1間の四脚門である。開門されるのは天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時のみである。左右の築地塀(ついじべい)には5本の筋(水平の線)が入っているが、これも塀として最高の格式を示すものである。この門を入り、丹塗り瓦葺の承明門(じょうめいもん)を潜ると正面が紫宸殿である。


2009年03月01日

一枚目のシールをめくるとキャラクターが転身

第一弾
チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

2000年に講談社の雑誌「コミックボンボン」とタイアップする形で展開スタート。
菓子「仰天人間バトシーラーチョコ」第一弾は、同じ明治製菓の「マーブルジャンボチョコ」と同型のチョコ(一袋五個入り)に二枚重ねのシールが一枚ずつ付属するという形だった。
一枚目のシールをめくるとキャラクターが転身(変身、変装、成長など様々な理由で姿を変えること)するという設定で、また二枚目のシールのジャンケンマークは一枚目のそれに勝つマークになっているという法則があった(一枚目が棍棒なら二枚目は投げ縄、といったように)。
また同じキャラクターのシールでも、二枚目の絵柄が二種類あるというものも存在しており(服の模様が違うなど、僅かな変化だが)、これを「パラレルシール」と呼称していた。
さらに、キャラクターが「ピースストーン」という重要アイテムを手にしているという絵柄のシールもあり、これを「ピースストーンゲット」シールと呼称していた(いわゆるレアシールに相当)。
発売に合わせてボンボンで後述のコミカライズがスタートし、毎月カラーページで世界観説明などの特集記事も組まれるが、菓子展開は第一弾のみでストップしたまま、翌年を迎えた。

第二弾
翌2001年、テレビアニメ化が発表され、放送に先駆けて菓子第二弾が発売された。パッケージサイズは前弾と同じだが、菓子はピーナッツチョコに変更された。
シールの仕様は基本的に前弾に準じていたが、ジャンケンマークは左上から右上に移動し、また二枚目のマークは一枚目のそれに負けるように変更された。替わりに左上には「パワーゲージ」という数値が追加された。
アニメで主要キャラとなる面々は前弾に続いてシール化されたが、アニメに合わせてデザインが変更されている。またボンボン誌上で行われたキャラクター募集コンテストの受賞作のシール化も本弾で行われている(まもリース、デピッグなど)。
パラレルシールは前弾よりバリエーションが増えており、一枚目の絵柄が違うというものもあった。
前弾で登場しなかった四属性のピースストーンゲットシールも登場(通常の転身に比べて、パワーゲージの数値が十倍になっている)。また前弾でピースストーンをゲットしていたキャラがパワーアップした姿という設定の「スーパー転身シール」も登場した。
更に「仰天人間バトシーラーポテトスナック」「同・シュースナック」も同時発売。それぞれおまけが異なっていた。
前者は二枚合わせることで一枚の絵になる「合体バトカード」というミニカード(2ピースパズルのような物。全24種)が付属。
後者は物語に登場する八つの世界を描いた「大型ジオラマカード」と、それに貼ることができる「圧着式パーツ(いわゆる貼って剥がせるシール)」がセットされていた。なおボンボンの記事によると、こちらは当初は「ジオラマブック」という手帳型になる予定だった模様。
他、アニメに合わせて「メダコロバトル」という玩具(食玩ではない)も発売されている。

第三弾(未発売)
2001年夏に発売すると告知がなされたが、秋に延期すると発表しなおされた。ボンボン誌上で第三弾のシール全種類の写真が掲載され、その内十種類だけが後述のゲームソフトに特典として封入された(ランダムで二枚ずつ)。
しかし結局第三弾の菓子は発売されず、アニメともども全ての商品展開は終了してしまった。従ってこの弾のシールで世に出たのはこの特典の十種類だけとなった。
ボンボンの記事によると、第一弾から登場していたキャラクターの何人かが退場することになり、その退場の経緯を描いたシールがレアシールとして予定されていた模様。
その他(非売品)
コミックボンボン誌上で行われたキャンペーンの景品として、腕時計(ジャンヌザルの模様入り)、バトシーラー手帳(表紙にキャプテンガッツの絵が描かれている)、シールベルト(透明な帯の中に第一弾のシールが入っている)、シールアルバム(アニメでジャンヌザルが持っている「バトシーラー大百科」と同デザイン)が存在した。

2009年02月11日

大首・姥ヶ火、姥火(うばがび)

大首(おおくび)は、鳥山石燕の画集『今昔画図続百鬼』などにある日本の妖怪。解説文によれば、お歯黒をつけた巨大な女の生首が夜空に現れるものとされる。

大首という名の妖怪は伝承資料にはないが、江戸時代の怪談や随筆などの古書には、巨大な女の生首が現れたという事例が多数あり、ほとんどは女性で、既婚女性の証としてお歯黒を付けていることが特徴である[1]。それらの正体は、人間の怨霊や執念が妖怪と化したもの[1]、あるいは狐狸の類が化けたものといわれている[2]。
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

山口県岩国の怪談集『岩邑怪談録』には「古城の化物の事」と題し、ある女が御城山で一丈(約3メートル)の女の生首に遭い、にこにこと笑いかけられたとある[1]。江戸時代の俳人・堀麦水による奇談集『三州奇談』では、金沢で雨上がりの夜に月が顔を出し始めた頃、雷と共に大きさ6~7尺(約1.8~2メートル)ほどの大首が現れたとある[3][4]。また、ある者がこの大首に息を吐きかけられ、その場所が黄色く腫れて具合が悪くなり、医者に薬湯を処方してもらって治ったという話もある[4]。 『四谷怪談』の祖形といわれる文化時代の読本『近世怪談霜夜星』では、策略に陥れられて命を絶った女性の怨霊が、鎌倉の地で巨大な大首となって現れた姿が描かれている[5]。

江戸時代よりさかのぼって平安時代にも、「面女(つらおんな)」と呼ばれる巨大な女の首の妖怪が出現したとある。恋川春町の黄表紙『妖怪仕打評判記』によれば、平清盛が福原に遷都した夜にも、この面女が現れたという

姥ヶ火、姥火(うばがび)
姥ヶ火、姥火(うばがび)は、河内国(現・大阪府)や丹波国(現・京都府北部)に伝わる怪火。鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』、寛保時代の雑書『諸国里人談』、江戸時代の怪談本『古今百物語評判』、井原西鶴の雑話『西鶴諸国ばなし』、『河内鑑名所記』などの古書に記述がある

『諸国里人談』によれば、雨の夜、河内の平岡神社に、大きさ約一尺(約30センチメートル)の火の玉として現れたとされる[3]。この火の玉が飛び回る光景を目にした者は、1人残らず驚かずにはいられなかったという[2]。正体はある老女の死後の亡霊とされ、生前に平岡神社から灯油を盗んだ祟りで怪火となったのだという[3]。

河内に住むある者が夜道を歩いていたところ、どこからともなく飛んできた姥ヶ火が顔に当たったので、よく見たところ、鶏のような鳥の形をしていた。やがて姥ヶ火が飛び去ると、その姿は鳥の形から元の火の玉に戻っていたという。このことから妖怪漫画家・水木しげるは、この姥ヶ火の正体は鳥だった可能性を示唆している。

この老女が姥ヶ火となった話は、『西鶴諸国ばなし』でも「身を捨て油壷」として記述されている。それによれば、姥ヶ火は一里(約4キロメートル)をあっという間に飛び去ったといい、姥ヶ火が人の肩をかすめて飛び去ると、その人は3年以内に死んでしまったという。ただし「油差し」と言うと、姥ヶ火は消えてしまうという。

丹波国(現・京都府北部)にも、保津川に姥ヶ火が現れたという伝承がある[3][5]。『古今百物語評判』によれば、かつて亀山(現・京都府亀岡市)近くに住む老女が、子供を人に斡旋するといって親から金を受け取り、その子供を保津川に流していた。やがて天罰が下ったか、老女は洪水に遭って溺死した。それ以来、保津川には怪火が現れるようになり、人はこれを姥ヶ火と呼んだという[3]。

『画図百鬼夜行』にも「姥が火」と題し、怪火の中に老女の顔が浮かび上がった姿が描かれているが、「河内国にありといふ」と解説が添えられていることから、河内国の伝承を描いたものとされる

2009年01月24日

スクライド

イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア
イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア

21世紀初頭の近未来(22年前)、神奈川県の一部で突如、横浜を中心に原因不明の大規模な隆起が発生し、半径30kmの『ロストグラウンド』と呼ばれる土地が誕生した。日本政府によりロストグラウンドは復興するも、復興した市街の住人と崩壊地区の住人「インナー」という特殊な二層社会が形成される。そして何時しかロストグラウンド生まれの新生児の中に「アルター能力」という特殊能力を持つ者達が現れ始めた。彼ら全般は「アルター使い」や「ネイティブアルター」と呼ばれ、その中でも特に暴力や略奪を行う一部は「アルター犯罪者」と呼ばれるようになった。これに対して本土側はロストグラウンドにおける武装警察機関「HOLD」内に、アルター能力者による部隊「HOLY」を設立し、これに対応した。そんな中、ロストグラウンドの崩壊地区で生まれ育ったアルター使いカズマは、HOLYに所属するアルター使い劉鳳と出会い、物語は動き出す。

登場人物

主人公
カズマ(声:保志総一朗)
本作の主人公。インナー(ロストグラウンドの未開発地区)で自らのアルター能力を使い、専ら非合法の依頼を請け負う便利屋の少年。身勝手で負けず嫌い、自分に嘘は付けず、短気で喧嘩っ早く、他者に媚びない性格だが、かなみを始めとした親しい者に対しては彼なりの優しさで接する。が、他者に甘えることを良しとせず、基本的に自らの掲げたルール・モラルにのみ従い、自分の始末は自分でつけるタイプ。
人質を取られていようと(かなみの場合ですら)相手の話を聞かず、とにかく攻撃をしかけるかなりの無謀っぷり。
元から強力なアルターを有し負け知らずだったが、ネイティブアルター狩りに出動した劉鳳に敗れる。それ以降彼をライバル視し、時にはその力を認めながら、急激に成長していく。第9話にてアルターの結晶体と触れ、能力が劇的に進化。劉鳳との一戦目の直後には、ホーリーからCマイナスクラスの能力者と認定され、軽んじられたものの、第13話における再戦時にはホーリー部隊隊長のジグマールから、劉鳳と同じSクラスと評された。
最終的には全身融合を果たし、本土側のアルター部隊を圧倒的な実力で全滅し、全てを終えた後
やり残したこと「劉鳳との喧嘩」に挑む。
「カズマ」という名前は飽くまでも仮の名前であり、本名、年齢、出身地(アルター能力者であることからロスト・グラウンドのどこかであることは確かだが)は不明で本人もまったく覚えていない(但し物語上の設定では16歳)。同様に血縁者も定かでないため、声優陣に「主人公のくせに一番謎が多い」と言われている。過去に共同生活を送っていたストレイト・クーガーを兄貴と呼ぶが、義理の関係である。
知能は低く、1+1=3とまで答えてしまう様。ホーリーにおける学力テストでは5~7歳児相当と評価されてしまった。
更に他人の名を覚えるのが苦手で、寺田あやせやビフのように接する機会が少ない相手に対して、名を思い出せずに悩む場面が幾度か存在する。これは義兄クーガー譲りの特徴であり、クーガーは他人の名を「間違え」、カズマは他人の名を「思い出せない」。反面、大切な存在であるかなみや、親友の君島の名前は普通に覚えており、劉鳳に対しては直に名を問うた上で強く脳裏に刻み込み、更に自分の名を劉鳳へ明かし、刻ませている(劉鳳がカズマにとって特別な存在である旨を印象付けている)。
拳の破壊力は元から強く、アルターに侵食された腕になってからはコンクリートさえも軽々破壊出来るほどに。
13話の戦いで右目が劉鳳に潰されたとあるが、アフターによると視力自体は無くなっておらず単に瞼が上がらなくなってしまっているだけのようである(実際アルター発動時には開く)。
指貫の革グローブを右手にはめている。8話の様子だと大事な物のようだが、何故かは不明。最終話でアルター構築の際に分解してしまっている。
劉 鳳(りゅう ほう)(声:緑川光)
A級のホーリー隊員であり、本作のもう一人の主人公。己の信じる正義を貫き、その正義に殉ずる不器用ながらも一途な男。17歳。
幼馴染の水守や同僚のシェリスから想いを寄せられているが、どちらに対しても積極的に心を開く事はない。
連(むらじ)経済特区(通称ロストグラウンド)を実質統治する名家の子息だったが、幼少の頃母親をアルターの結晶体に殺害され、その際にアルター能力を覚醒させた。この事件をネイティブの仕業と勘違いし、ホーリーに入隊、ネイティブアルター狩りを行う。そんな中でカズマと出会い、当初は実力差から相手にもしていなかったが、カズマの成長を目の当たりにしライバルと認めていく。
カズマと正反対の行動様式を装っていながら、その実、似た者同士という点をカズマから指摘される。カズマに言わせれば、劉鳳は時と場合に応じて聞こえのいい大義を掲げつつも、やっている事自体はカズマと大差無いという(カズマは不言実行、劉鳳は有言実行)。
13話でのカズマとの戦闘中に初めて「向こう側の世界」に入り込み、それを機に記憶を失い、ホーリーを離脱。かなみとの触れ合いを通してインナーの住人に心を開いた後に記憶を取り戻すが、ホーリーへの復帰は拒み続けた(ホーリー隊員としての自分ではなく、ホーリーの理想を貫くネイティブアルターとしての自分を選択)
彼もカズマに先んじ最終進化を果たし、アルター結晶体や本土のアルター部隊に戦いに勝利し、
その後、最大の敵との戦いに挑んだ。
カズマとは前半何かと敵対する事が多かったが、後半からは敵と見定めている相手が彼と一致しているせいか共闘する事が多くなる。
アフターにおいては、第二次ホーリーの隊長を務める。だが彼は未だに彷徨い続け、昔のようにアルター使いをアルター使いで統制するという行動も行った。この頃から髪が長くなっている。
最終話のラストシーンでは、数年後は長髪になっており本土側と戦い続けていることが確認出来る。

ヒロイン
由詑 かなみ(ゆた かなみ)(声:田村ゆかり)
数年前、カズマと出会い、それ以降生活を共にする少女。人見知りが激しく、カズマ以外の人間には容易に心を開かない。幼いながらも、カズマに対し深い愛情を抱き、彼を思う気持ちがアルター能力へと昇華していたが、自らは勿論カズマがアルター能力者である事については知らなかった。
年齢の割にしっかりしたところがあり、無気力で仕事にも就かない(カズマの便利屋稼業を知らないため)カズマを諌め、ヘコませる事が出来る唯一の存在でもある。その年齢は8歳。
カズマ以外の人間には常に敬語で接し、真面目で優しい性格も手伝って、周りからは「礼儀正しいいい子」というイメージで見られているが、本人にとっては心のどこかで他人と距離を取っていたらしい。ただし、後に劉鳳に心を開いた後は他人と関わる機会も増え、アルター能力を完全にコントロール可能になったこともあり、最終的にはほとんどの人間に対し心を開くことが出来るようになった。
彼女の見ていた夢は、無意識下で発動、他者の思考とリンクしてしまうアルターであった為、その利便性から無常矜侍に利用されてしまう。
最終話のラストシーンでは、数年後の成長した姿を披露する。
また、ドラマCDでは意外と嫉妬深い一面を見せた(かなみの「気になる人は?」という質問にカズマが「劉鳳」と答え、さらにかなみがそれを「りゅう子」と勘違いしたため)。
ちなみに本作のメインヒロイン兼モノローグ担当キャラであり、前述のアルター能力によって感じた情景(カズマや劉鳳の体験)を、ほぼ毎回ストーリーの最初で解説する役目を担っている。
キャラクターのモデルは、洋画『レオン』に登場するヒロイン、マチルダから。
脚本の黒田洋介曰く「今だから言いますが、カズマとかなみの間にあるものは愛です」とのこと。
桐生 水守(きりゅう みもり)(声:永島由子)
劉鳳の幼馴染で科学者。本土出身であり、アルター能力者ではない(一貫して主要な登場人物でありつつ非能力者という稀有な役回り)。7年の飛び級で大学院を卒業。アルター能力の研究をするという建前でロストグラウンドへやってきた。劉鳳に好意を寄せており、一番の目的は彼との再会。誕生日は10月3日。18歳。
彼女の属する桐生家はロストグラウンドへの本土側出資者であり、劉鳳の劉家共々、かの地では多大な影響力を持っている(水守と劉鳳の出会いは両家の縁による)。その特異な立場から、陰でシェリスに「お姫様」と呼ばれる事もあり、ジグマールや無常からは本土側との取引材料に利用されそうになる。
着任早々、クーガーから猛烈なアタックを掛けられ続けるも、やんわりと受け流し続ける。クーガーが無常矜侍との戦闘で死んだと思い込み、涙を流す。実際にはクーガーは生き延びており、本部から脱出の際に一度だけ再会した。
劉鳳のみならず、彼のライバルであるカズマとの接触機会も多い。第1話は旅客機内の水守がカズマの姿を見掛ける場面から開始され、以降も何かと関わりを持つ。そのせいで、劉鳳は水守がカズマに惚れているのだと勘違いした事も。
一時、ジグマールに監禁され、クーガーに救出された後は、元ホーリー隊員の橘あすかと共にブローカー業に携わる。25話以降も引き続きロストグラウンドに残り、教師となって子供達に勉強を教えている。彼女の父は彼女の保護をロストグラウンド側に要請していたが、政府高官の議論によると、最終的には断念した模様。アルター能力も微かながら後に開花する。
性格は基本的に穏やかで芯の強い女性である。「ここのシステムを破壊します」等と言い放つ気丈な一面も見せるかと思いきや、劉凰を一途に想うせいか、彼が瀕死の状態にある事を受けて切なく涙するという脆い一面も見せる。
シェリス・アジャーニ(声:倉田雅世)
元ネイティブアルターだが、劉鳳に助けられホーリーに入隊する。15歳。能力の及ぶ範囲がきわめて限定されるため、補佐に徹している。
ネイティブアルターだった12歳の頃はチームを率いて街角でよそのチームと戦っていたらしい。荒野で仲間が殺された挙句帰る家まで燃やされたりと、悲惨な目にあってきた。
他チームに監禁された上に玩具にされたまま死にゆくところを劉鳳に助けてもらい道を示してくれたため彼にかなり惚れている。
水守へライバル意識を抱いており、真正面から衝突する場面こそなかったが、要所要所では牽制や苦言を試みている。
アルター結晶体の攻撃によって命を落としかけた劉鳳を助けるため、その身を犠牲に劉鳳の傷を癒し消滅した。更に劉鳳が第二次ホーリーを掲げている頃に片方の肩にエターナル・デボーテの羽根が宿されると言うほど、死亡後の彼に多大な影響を及ぼしている。が、結局最後は劉鳳が「これ以上シェリスを辱める事は無い」として、半身の機能と共に羽根を散らした。

2009年01月17日

ライトノベルの定義

ライトノベルとその他の小説の境界は曖昧であり、そもそもはっきりとした定義を持たないことから、「ライトノベルの定義」についてさまざまな説がある。

ライトノベルを発行しているレーベルから出ていればライトノベル
ストアッ ソードフ こりー テレホブ ヘンジ ガーべジ ミュータント アシッド ゲリコ チェスト キャリア オープン モンゴ ストリー ビッチ シェイク モック マジャ クリアス テネリ ロム ジュエル ルブリク リムジン エナメルレ ダルフ ファウ ライト デスク ロック カクテル セシウム リカステ キンレン モンキ 花の坊 ワイン ウィキ ミゼット サイコ ステージ 黒船 ゲルマ オメガ ハリウッド ソーラー ケイン セレナイト テーラー フロップ

一般にライトノベル作家とされる人が書いてればライトノベル
ライトノベルは出版側のマーケティングにより創られた「ジャンル」であるため、出版社がライトノベルと宣言した作品ならばライトノベル
マンガ・アニメ調のイラストを多用していればライトノベル[注 1]
キャラクターを中心として作られていればライトノベル[注 2]
青少年(あるいは中高生)を読者層に想定して執筆されていればライトノベル[注 3]
など、様々な定義が作られたが、いずれも一長一短があり、循環的な定義もあるので、どの定義も結論とはなっていない。そのため、通常「ライトノベルの定義」について語るときには、以上に挙げたものを複合的に採用しつつも「はっきりとは決めない」というスタンスに立つことが多い。その顕著な例が、巨大匿名掲示板『2ちゃんねる』内の「ライトノベル板」における定義「あなたがライトノベルと思うものがライトノベルです。ただし、他人の賛同を得られるとは限りません。」である[2]。

極論では『源氏物語』もライトノベルとする議論もある。これらの混乱は、読者の大部分が個々の作品や作家のファンでしかなく、ジャンルとしての「ライトノベル」に関心を寄せているわけではないということにも由来する。作家側にしても発行レーベルや対象読者層等、ライトノベルとそれ以外の小説を必ずしも区別して執筆していない。また、出版社側にしても明確にライトノベルと謳っているレーベル以外では、ライトノベルとそれ以外の小説の線引きを曖昧にしている。そのため、定義はさらに難しくなる。[要出典]

挿絵・イラスト
ライトノベルにとっては、挿絵によるイメージと挿絵に対する読者層からの評価は、他の小説以上に重要な意味を持つ。それは、ライトノベル読者のうち少なくない数が、イラストで買う作品を選ぶ「イラスト買い」を行っているためである。それは例えば『2ちゃんねる』内「ライトノベル板」におけるデフォルトネームが「イラストにだまされた名無しさん」であるところにも現れている。「イラスト買い」が多く行われている理由は、ライトノベルがメインのターゲットとしている層は小説よりもマンガ・アニメに親しんでいる層であるためとされている[2]。

実際に人気イラストレーターが表紙(および挿絵)を担当しただけで売り上げが伸びるとされている。榎本秋は「もちろんヒットしたのは作品が魅力的であるため」と前置きした上で、「イラストの力がそれ(売り上げ)を押し上げたのは間違いない」としている[2]。ライトノベルとは違うが、2007年に集英社が過去の名作の新装版を発行するにあたって、太宰治著『人間失格』の表紙を漫画家の小畑健が担当したとき、その年の『人間失格』の売り上げが異例の9万部を記録したという事例がある(例年は1~2万部)[9]。ヒットメーカーのイラストレーターとしてはいとうのいぢ、ヤスダスズヒト、緒方剛志、駒都えーじなどが知られている[2]。

また、ライトノベルがメディアミックスとの関連が深い業界で、挿絵に対する評価もメディアミックスによる作品の拡大の成否に直結するため、イラストは重要視されている。その為、挿絵については一般の文庫の挿絵画家ではなく、多くの作品で若年層に馴染みやすい絵柄の漫画家・アニメーターの他、テレビゲーム・アダルトゲームの各業界の人気デザイナーが挿絵を担当している。また有名同人サークルの作家が挿絵を手掛ける例もある[要出典]。メディアミックスの手法でアニメ化などが行われる場合には、基本的には挿絵担当者の絵柄でそのままアニメにされるため、挿絵の人気度もメディアミックスの可否に直結してくる。その為、ライトノベル作品の総合的な成否には、他の小説とは比較にならないほど挿絵に掛かるウェイトが大きく、挿絵の高評価で販売部数を大きく伸ばしたと作者が認めている作品も少なくない[要出典]。

一方で、ハードカバー作品や、御影瑛路の作品のように、あえてイラストを使用しない作品もある。これは、「本屋で買うのが恥ずかしい」という中高生より上の年齢層の読者の敬遠や、「イラストがあると帰ってイメージが制限される」という読者に対応したためである